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古の播磨を訪ねて~市川町編 その5

古の播磨を訪ねて~市川町編 その5
 笠形寺のコウヤマキ

 

 7月の下旬の炎天下の下、市川町上牛尾の笠形寺のコウヤマキを訪ねました。播但連絡有料道路の市川南ランプで降りて、すぐ右折し、県道34号線に入り、船坂トンネルの手前を左折。上牛尾の集落を抜けて笠形神社の大鳥居の手前の駐車場に到着。下車して杖を片手に、谷川のせせらぎと小鳥のさえずり以外何も聞こえない山道を歩くこと約15分、笠形寺に到着です。

 

 笠形寺は天台宗に属し、比叡山延暦寺を総本山としています。当寺の縁起は白雉年間(650654)にインドからの渡来僧・法道仙人により開創、平安時代の弘仁年間(810年頃)、慈覚大師により中興されたと伝わっています。ところで、このシリーズ33回目に触れた笠形山の中腹にある笠形神社の拝殿は、元はこの寺の本堂だったようです。寺伝によれば、現在地には、住職の暮らす庫裡だけがあった。それが、明治政府の神仏分離令により現在地に本堂が建立され、元あった寺の本堂は笠形神社の拝殿となったというのです。

 

 さて、目指すコウヤマキは、真夏の炎天下にも負けず、境内西端で東西南北にその枝を鷹が羽を広げたが如く、大きく張り出していました。説明板によれば、推定樹齢450年、根周り約8.8m、高さ約21.0m、東西11.6m、南北11.2m、県下最大のコウヤマキで、昭和52年に兵庫県の天然記念物に指定されています。コウヤマキは、日本特産の常緑針葉樹で東北から九州にかけて広く分布し、和歌山県の高野山に多いことから、その名前が付きました。

 

 聞くところによりますと、明治21年(1888)、庫裡が火災で全焼してしまい、その時このコウヤマキにも火の手が及び、北側に延びていた枝は全て焼けてしまったようです。傍へ寄って、見上げると、いまだに黒焦げの枝の基の部分が何箇所か残っています。九死に一生を得て、現在のように樹勢を取り戻して繁茂し続けていることは、まさに奇跡だと思いました。

 

 ザラついた古木の樹皮に触れてみると谷川から吹いてくるひんやりとした風と違って温かい感触が伝わってきました。そして、何事にも負けないというような強い生命力を与えてくれたような気持になり、帰りの駐車場までの足取りも軽快なものになっていました。